旅での英会話 (2003年 世界の旅)

2003年当時、英語を身につけなくては!と思っていて、英語のトレーニングをしていました。 

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1−2.旅での英会話

旅において必要な程度の英会話に困ることはなかった。
しかし、旅先で出会った地元の人々や外国人旅行者との会話において自らの英語力の弱さを感じ、それと共に今後英語をもっと身につけていきたい!というモチベーションが芽生えた。

〇ただ単に観光するだけなら...

旅においては
移動・・・鉄道やバス、飛行機の乗車時やチケット購入時
宿泊・・・ホテル探し、ホテルの予約
食事・・・注文時
その他・・・国境通過時、観光施設のチケット購入時、観光案内所

は必ず通る道であるが、これらの施設ではほとんどの場合、(どこの国でも)英語の使用が可能であった。そこでは英語を使ったコミュニケーションが必要となるが、これらの施設で言葉が通じないために苦労したというケースはなかった。


〇英語って素晴らしい!

英語を使うことで、価値観の違う国に生まれた人たちとコミュニケーションをとれ、一生忘れることのできないエキサイティングな体験を持つことができた!

ただ単に観光施設に行って食事して夜寝て、というだけだったら英語の便利さは感じても、さほどのありがたみは感じなかっただろうと思うが、このように心に深く刻み込まれた体験ができたのは、ある程度の英語を身につけていたおかげである。


事例a タイの1日ガイド

タイのチェンマイで寺や博物館を1日ガイドしてもらった。これが記憶に深く残っているのは、彼らがお金を払って雇ったガイドではなく、「友達」のガイドだったからである。

彼らはチェンマイのフードコートでバイトする地元の大学生だった。何度か言葉を交わすうちに仲良くなり、毎日そのフードコートに通った。そして、チェンマイの街をガイドしてくれることになった。寺でのタイ式のお参りの仕方を教わり、タイの若者の流行や日本のことなど、一日中話すことができた。彼らが海外でできた初めての友達である。この思い出は一生忘れることはないだろう。


事例b インドの結婚式

インドのブッダガヤ−という小さな村でのこと。小さい村だから、一日いれば村の人の顔はすぐに憶えることができる。またインド人は親しみやすいからすぐに仲良くなれる。そして、そこで仲良くなった村の人々に「結婚式に来ないか?」と誘われた。初めは食事がただで食べられるという下心でついて行ったようなものだが、その結婚式というのはこの旅一番の思い出になるようなとてもエキサイティングなものだった。結婚式は夜8時くらいに始まった。始まったといっても花婿も花嫁も姿は見せず、ただ村の人たちが踊り、叫びまくっているだけだ。しかし数十人の男たちが踊り、百人ほどの子供たちがはしゃぎまわる姿を見ている時は、これぞまさしくインド!という人間のすさまじいパワーを感じた瞬間だった。あまりのパワーに圧倒されて疲れ果ててしまって3時間ほどで退散したが、彼らは朝まで踊りつづけたようだ。

結婚式に見ず知らずの外国人を呼ぶなどという、日本では絶対に考えられないような体験ができたことはとてつもないインパクトと共に記憶に残っている。

インドでの結婚式の一幕


〇もっと英語を使えたら...


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at 06:49, 市来 広一郎, 2003年 世界の旅

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2003年の旅はどんな旅だったか(2003年 世界の旅)

2003年にどんな旅をしたのかを記しておく。
お金の使い方については、当時、ずいぶんと細かく分析までしてたりする。


旅2003(2003 FEP報告書「第1部 旅の詳細」)

旅のルート
合計18カ国、82日間の旅。 

■アジア編(32日間) 
 
 
タイ:  バンコク → チェンマイ → バンコク → インドへ 
インド: カルカッタ → ガヤー → ブッダガヤ− → ガヤー → バラナシ  → カジュラーホー → アーグラー → ジャイプール → デリー  → 日本へ 




 ■ヨーロッパ編(50日間) 
パリ(フランス) 
→イスタンブール(トルコ)→ カッパドキア→ パムッカレ→ エフェス→ クシャダス  → サモス島(ギリシア) → ミコノス島 → アテネ 
→ ソフィア(ブルガリア) 
→ ブカレスト(ルーマニア) 
→ ベオグラード(セルビア・モンテネグロ)  
→ ザグレブ(クロアチア) →プリトヴィッツェ湖群国立公園 → スプリット  → ドブロヴニク  
→ サラエヴォ(ボスニア・ヘルツェゴビナ) 
→ ベオグラード(セルビア・モンテネグロ)  
→ ブダペスト(ハンガリー) 
→ クラクフ(ポーランド) → アウシュビッツ → クラクフ → ワルシャワ 
→ プラハ(チェコ) 
→ ベルリン(ドイツ) 
→ アムステルダム(オランダ) 
→ ブリュッセル(ベルギー) 
→ リスボン(ポルトガル) → カスカイス → リスボン 
→ マドリード(スペイン) → バルセロナ 
→ パリ(フランス) 
→ ロンドン(イギリス) 
→ パリ(フランス) 
→ 日本へ 




次に、旅の行動の記録と毎日の支出を記す
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at 07:44, 市来 広一郎, 2003年 世界の旅

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人生を変えた旅 2003 (2003年 世界の旅)

2003年、24歳のときに、3ヶ月ほど、世界を放浪して回った。
その旅は、自分自身の中で強烈な体験として、今も息づいている。
あの旅がなければ、いまの自分はなかった。
いまこうして、熱海でまちづくりに取り組んでいるのも、あのときの経験があってこそだ。

2003年は、大学院を出て、社会人になった年。
入社した会社、4月入社か10月入社を選べたので、10月を選び、3月に大学院を修了してから10月までの間に旅に出た。こうした旅に出れたのも、あの会社のおかげ。とても感謝している。その会社のプログラムで、会社に入るまでの4月から9月までの半年の期間は「FEP」と呼ばれていた。(たしか ○○ Entry Program の略)
これから少しずつこのブログで紹介していくのは、そのときに会社に提出した報告書である。
社会に出る前の青臭い若者の書いた、少し観念的かつ未熟な文章ではあるけれど、旅の実体験をベースにして感じ考えたことのせいか、読んでみると意外と面白かった。ということで、このブログに載せてみようと思う。



FEP成果報告書(2003年9月)
アジア,ヨーロッパの旅 
―1ヵ月後,2ヶ月後に活きる知識,技術ではなく 10年後,20年後に活きてくる知恵と生き方の獲得―  

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目次  
はじめに  
第1部 旅の詳細  
第2部 communication  
第3部 自己のスタイルと社会との関わり  
第4部 IZU百年構想 ―観光産業による社会変革を目指して―  
おわりに 
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はじめに  
本報告書は4部構成とし、FEP活動においておこなったアジア、ヨーロッパの旅の経験を通して得た自分なりの哲学を書き記している。また、旅の間中、常に観光産業というものを頭の片隅に置き意識してきた観光に対しての意見をまとめた。  まず、第1部 旅の詳細 では旅の日程や予算管理の詳細を記し、FEP計画書に記した通りの活動を実際に行ってきたことを報告する。 次の 第2部 communication と 第3部 自己のスタイルと社会との関わり では旅の中の事例をもとにしながら、今後社会人として歩んでいく姿勢を記した。社会は人との関わりあいの中でなりたっていることからcommunicationということを第2部では取り上げた。また第3部では今後プロフェッショナルとして仕事を進めていくために構築した自分の哲学やモチベーションの保ち方などについて記した。 そして最後の第4部では、ビジネスと自分との関わり合いという点に問題意識を持つために観光産業に着目した。本報告書では特に実際に観光地を訪れる旅の中から感じたことをもとに観光産業の意義と持つべきビジョンについての意見をまとめた。  

at 07:51, 市来 広一郎, 2003年 世界の旅

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