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第三の居場所から、日本の閉塞的な空気を変える 

5年前に卒業した、「政策学校」一新塾のメルマガに寄せた原稿をアップします。
一新塾での経験がなければ今の僕はない、と言えるほど、一新塾での経験はとても大きなものでした。

NPO法人一新塾


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10年前に見た地元熱海が廃墟になっていく姿が脳裏から離れず、いつか「熱海をなんとかしたい」と思っていた。そして6年前、一新塾に入り、東京でのサラリーマン生活を辞め、地元熱海に帰ってまちづくりに取り組んできた。
そして今、シャッター街となっている熱海のまちなかを再生するために、まちづくり会社「株式会社machimori」を起ち上げ、熱海のまちなかのリノベーション(再生)に取り組もうとしている。その第一弾として、café RoCAというカフェを起ち上げる。RoCAはRenovation of Central Atamiの略。熱海のまちなかをリノベーションし、人の暮らしをリノベーションしていこうという意味を込めてつけた名前だ。


10年ほど前、バックパッカーとしてよく旅をしていた。30か国近くを旅してきたが、その土地の人と出会い、体験、食が楽しめたまちは、とても印象に残っている。
特にバックパッカー向けのゲストハウスなどがあれば、土地の人や、旅人同士、知り合い親しくなれる。またそこからオプショナルツアーでトレッキングなどの様々な体験ができる場合もある。

しかし、あるとき、そんな旅先のインドから帰ってきたとき日本の空気に衝撃を受けた。日本に漂っている閉塞的な空気。人の目が死んでいるように見えた。「おれはこんな国で生きてきたのか、そしてこれからこんな国で生きていくのか」と怖くなった。

その後、社会人になったが、毎日が会社と家の往復、それ以外のコミュニティに所属する機会はなかった。日々変わらない環境、仕事自体がいくらやりがいがあっても多様な人やモノに出会えない毎日に、日々ストレスが蓄積されていった。そうした環境の中で、周りでは心や身体を病んでいく人も多かった。

あるとき偶然入った、家の近くのカフェ。そこがとても居心地がよかった。サラリーマンから、音楽好きな人、外国人・・・など多種多様な人が集まってくる。初対面でも気軽にお互い話すことができる。旅先のゲストハウスのようだった。
この社会に足りないのは、家庭でも職場でもない第三の居場所だと思うようになった。イタリアのバールやフランスのカフェ、イギリスのパブのような、そして旅先のゲストハウスのような、人と出会い語らう場所。熱海でもそうした場所を作りたい、と思った。

私自身にとって、もう一つ重要な第三の居場所となったのが一新塾だった。社会の問題に気づいても、会社、友人関係などで、なかなかそれを共有する場はない。一新塾と出会い、同じように社会の問題に気づき、そして現場で取り組もうとしている人がたくさんいることを知った。そして人が持つ力のスゴさも知った。社会に対して違和感を感じて悶々としている人が、自分自身のミッション(志)、やるべきことを見つけたときの、計り知れない力。周りの人々が共感し、動いていく。社会を変えていくのは制度やシステムではなく、間違いなく人の力だ、ということを実感した。

結局私も一新塾入塾中に、自分の中のどうしようもない想いに突き動かされ、会社を辞めて熱海に帰り、活動を始めた。ゼロからの出発だった。

そして、地元、熱海にも自分自身の志を貫いて生きている人々がいた。そしてまだそうはなれなくて悶々としている人々もいた。いままで地域体験ツアーの熱海温泉玉手箱(オンたま)というものに取り組み、地域のチャレンジのプラットフォームをつくることに邁進してきた。自分自身のチャレンジをし、応援してくれる仲間がいることで、何人もの人々が目の色を変えて、地域づくりやその人自身の仕事に取り組むようになっていく姿を見てきた。やはり、そうした人々のエネルギーはすさまじい。

私たちがこれから取り組むカフェもそういう場にしていきたいと思っている。多様な人と出会う中で違う価値観、違うものの見方を知る。そうした中で自分自身が取り組むべきこと、ミッションに出会える。そして活動を起こそうとしたときにチャレンジする場がある。応援してくれる人がいる。
いままで地域の中で何かにチャレンジしようと思っても、ネガティブな反応をする人や、足を引っ張る人は多くても応援してくる人は少なかった。一新塾が掲げる、すべての人が志を生きられる社会を、地域社会の中でつくっていきたい。

「まちづくりは難しいことのように思っていたけれど、意外と身近なことだった。自分たちの生活のすべてにまちづくりは関わっている。だから自分の身近な生活をちょっとでもよくしていこうということが、まちづくりにつながる。」
まちづくりに一緒に取り組む仲間の女性が語った言葉だ。そう、要は自分の暮らしたいように暮らすこと。自分の生活を望むものに変えていこうとすること。それが最も大事であり、それがまちを、社会を変えていくことにつながる。

熱海の中に地域に暮らす人、地域を訪れる人が出会い、交流する第三の居場所をつくりたい。そして熱海というまち、そのものが、都会の人々にとっての第三の居場所となるようにしていきたい。そうやって、この閉塞感漂う日本の空気を地方から変えていきたいと思っている。

 一新塾18期生 NPO法人atamista代表理事/株式会社machimori代表取締役 市来広一郎

at 09:19, 市来 広一郎, 熱海RoCA計画 / 家守事業

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comment
noga, 2012/05/09 9:00 PM

日本語には、時制がない。つまり、文章に、過去・現在・未来の区別がない。
だから、過去の世界、現在の世界、未来の世界をそれぞれに分けて語る術がない。世界観がない。
日本語で語ることのできるのは、現在の世界だけである。それは、「世の中は、、、、」の形式で語られている。
日本人の話し方は、実況放送・現状報告の類で、子供の話し方に似ている。子供は哲学ができない。
文章のない過去の内容は、すぐさま風化する。文章のない未来の内容は、常に不透明である。不安になる。
文章のない過去や未来のことは考えにならないので、雑念と呼ばれている。過去は幻であり、未来は夢のごとくである。
現在の内容を使って事の次第を述べる。過去や未来の内容が入ると、その分、話に現 (うつつ) が抜ける。
話に現を抜かして自分の夢と希望を話せば「そんなこといっても駄目だぞ。現実は、そうはなっていない」と言われる。
だから、議論は成り立たない。ただ、事実関係調べのみが必要になる。
理想は非現実であり、来るべき姿である。来るべき姿は、未来の内容である。日本語を使って話すのには、難しい内容である。
この国には何でもあるが、ただ夢と希望がない。
無哲学・能天気の人びとは、国難に遭遇してその閉塞感をさらに強める。

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
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