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どうしたら、まちづくりで食っていけるのか? − 4年前、まちづくり会社を始めた理由 −

今年、僕らのまちづくり会社は、立ち上げから4年目を迎え、新しいチャレンジをします。丸屋ビル、ゲストハウス・マルヤの立ち上げです。

ここに至るまでのストーリーを少しずつでも、お伝え出来たらと思います。
まずはまちづくり会社をつくった経緯を。




まちづくり会社を干物屋の5代目、若旦那などと一緒につくったのは4年前、2011年のことでした。

NPOの活動を始めてから4年経った頃です。
まちづくりをしてきて、地域に少しずつ変化は見えてきて、手応えは感じてきたものの、大きな問題が。それは食っていけない、ということ・・・。

いまの時代、多くの課題を抱えたまちを変えていくには、仕事をしながらの片手間では難しい。だからこそ、まちづくりを本業にして、それで食っていきながらまちを変える仕事をしよう。

そう思って、NPOの活動もしてきました。
けれど、実際にはWEB制作やコンサルの仕事など、まちづくりの他の事業で稼いだり、あるいはアルバイトをしながら、活動を続けてきたのが実態でした。

NPOの活動が認知され、だんだんと県の補助金などが受けられるようになったり、国や県の委託事業などを受けられるようになっても、所詮それは単年度の仕事。こうした事業に依存していたら、自分たちは食っていけないし、そして、まちの課題も解決できやしない。

でも、どうしていったらいいかわからない。本当に先行きに不安を抱える日々が1年以上も続いていました。

そんな頃に偶然出会ったのが、リノベーションスクールの産みの親であり、リノベーションスクールでは、ヨーダと呼ばれる清水義次さんでした。

まちに新陳代謝が起こって、新しい事業をやりはじめる人たちが出てこないと、まちは再生しないんじゃないか。でも、どうやって・・・?と思っているところに、

「熱海のまちはこうしたら、いくらでも変わる」
と。

そのとき、僕の頭の中には、その光景がイメージがありありと浮かんできて、霧が一気に晴れたように思えました。「ああ、そうだ! そうすれば、熱海のまちなかは変わる」
そして、「それなら食っていけるかもしれない。」と。



それが「リノベーションまちづくり」「現代版家守」という考え方であり、それを推進していく「家守型のまちづくり会社」の存在でした。

それから、1年後、2011年、僕らはまちづくり会社を立ち上げ、事業を開始しました。




※「ゲストハウス・マルヤ」 クラウドファンディング開始しました。

二拠点居住の入り口となるゲストハウスを、熱海につくる!

at 15:52, 市来 広一郎, 熱海RoCA計画 / 家守事業

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