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映画「カメラになった男」の指し示すもの

1977年、急性アルコール中毒で言語と記憶を失った写真家、中平卓馬。
その後、復活し「カメラになった男」
「写真は創造ではなく、記憶でもなくドキュメントである」という。しかし、意味の外に出ようともがき、壊れた。




映画「カメラになった男」を観た。
中平卓馬の写真は「原点回帰―横浜」という写真集で以前に少し見たことがあった。
しかし、あまり記憶には残っていなかった。

映画の中で見た写真と風景に(個人的に)衝撃を受けた。中平の見る風景、中平の撮る風景があまりにも身近なものだったからだ。
それは、僕がよく歩き、よく撮る風景、その場所だった。

中平卓馬の言動、文章、そして写真。
そこから何を受け取ってよいのか、何を受け取るべきなのか。
下北沢シネマアートンでの映画上映後、この映画の監督、小原真史と社会学者の宮台真司の対談があった。

宮台真司は問うた。
「中平卓馬という存在を僕たちはどう受け止めたらいいのだろうか」と。
中平卓馬という存在は、滑稽であり、鋭くもあり、温かくもある。壊れているようにも見えるが、一番マトモにも見える。
それに対して、笑うべきか、深刻に受け止めるべきか、ありがたがるべきか・・・どれえもあり、どれでもないような気がした。
一言で言えば、戸惑うしかなかった。

小原真史は答えた。「小さく肯定する」と。
僕はこの中平卓馬の指差す先を自分の中のどこかで抱えていきつづけたいと思った。






■参考■
映画  : 「カメラになった男 写真家 中平卓馬
宮台真司: 「尊敬する中平卓馬に言及した文章をアップします
映画紹介: 関心空間 
        重森弘淹写真評論賞

中平卓馬の撮影フィールド、早渕川の風景 : HP atamista(Japan-横浜-TSUNASHIMA の写真)

書籍  : 




at 12:21, 市来 広一郎, 旅・音楽・映画・禅・サッカー

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