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ファスト風土がなぜ問題か

「ファスト風土の外にこそ多様な世界がある」(「脱ファスト風土宣言」)においてオギュスタン・ベルクと三浦展が対談にファスト風土ではない社会を確保する必要性について語っている。

ファスト風土とは、ファミコン(ファミレス、コンビニ)や、都市や街中心から離れた郊外にある巨大なショッピングモールなどのように、無機質で人間的な匂いのしない環境とそこと郊外の住宅を車で行き来する生活の上に成り立つ生活・風土のことである

ファスト風土社会は社会性がないため面白くない、というのが両者の共通認識だ。社会性とは、本来都市が持つべき多様性とその中でのコミュニケーションの存在を指している。ファスト風土の環境が持つ多様性とは、特定のプラットフォームの上での(「バカの壁」の内側)での多様性に過ぎず、あくまでもシステムという前提の上での多様性であると主張している。私自身はこの価値観には同意する。ファスト風土的な社会では、無機質で面白くなく、また新しく面白いものが発生するような社会には、多様性という土壌の上にコミュニケーションが成り立つことが必要だと思われるからである。

しかし、この主張では、価値観を共有する者にしか訴えが届かない。三浦はこの「ファスト風土ではない、都市や街中に暮らすこと」を権利として主張する。しかし、権利として主張するだけでは、多様性を確保するということに関して、人々の動機付けを喚起することはできない。

なぜなら、これもある種のバカの壁で、同じ価値観を持つものの内側だけで通じる主張、つまり、同じ土俵を共有している者の間でのみ共感される主張であるからだ。そのため異なるプラットフォーム(価値観)の上に暮らす人々の理解を得ることは難しい。現代社会(後期近代)では、個人化が進み社会に暮らす人々が共通前提を失い相互理解が難しくなっていることについては、本書の中でも認識されている。

では、いかにすればこのファスト風土を否定し、社会性をもった環境を作り出す動機づけを得ることができるか

オギュスタン・ベルクはファスト風土社会の限界に着目し、さらに重要な問題提起を行っている。それは、ファスト風土はサステナビリティ(持続可能性)において問題がある、というものである。ファスト風土社会は、大量消費の場である郊外の巨大なショッピングモールにエネルギー消費量の多い車を使って買い物に行くような生活である。この生活は、都市や街の中で歩いて生活する環境に比較して非常に負荷がかかる。ベルクの主張は、エネルギーの過剰消費によって、ファスト風土は自らが前提としているシステムや環境を破壊することになる、ということである

現代社会では、経済合理性の追求が優先される構造を有してきたが、経済的な合理性は社会的な合理性を軽視し我々の社会の前提を破壊する危険性を持つという主張がいろいろなところでなされている。ファスト風土的なものは、これをさらに加速する環境であり、本書で提起されている問題意識は非常に重要である。



at 00:25, 市来 広一郎, 熱海や社会の現状と課題

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